山人探訪

Vol.29 もうひとつの、季節のうつろい

(2012/05/02)
 西和賀町の湯川温泉に泊まりにくると、どのような交通手段、どのようなルートで来ても必ず一度は錦秋湖という湖を目にすることになる。
 JRの「ほっとゆだ」駅前から湯川温泉方向に向かうとすぐに橋を渡るが、それが錦秋湖の最上流部に架かる橋で、一瞬だが左側に湖面の広がりが見える。

 錦秋湖は、湯田ダムの建設によって生まれた人造湖である。漫然と眺めていれば、大昔からこの地にあった湖のように思ってしまうかもしれないが、実は、昭和40年(1965年)、今からわずか半世紀ほど前に出現した光景なのである。
 かつては、現在の湖底にあたる谷底に、湯田町(現在の西和賀町)の中心市街地や国道、鉄道、いくつかの鉱山もあった。ダムの建設に伴って、市街地は現在の「ほっとゆだ」駅周辺に移設され、国道と鉄道のルートは付け替えられ、鉱山は廃棄された。今でも錦秋湖の渇水期になると、国道の旧道や鉄道の旧線の築堤などが顔を覗かせるのである。
 
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[雪解け水で水位の上がった錦秋湖を渡っていく北上線列車 撮影:2010年5月11日]
 
 ダムの建設でできた人造湖であるから水位の変動が大きいのは当然なのだが、とりわけ顕著なのが、5月頃から始まる雪解け水による水位の上昇だ。
 普通、水の中から木が生えるなどというのはありえない光景だが、この時期ばかりは、大洪水にでも見舞われたように木々の上部だけが水中から顔を出しているという、ちょっと奇異な光景になる。
 やがて水位は少しずつ下がっていって、いつの間にか、何事もなかったかのようないつも通りの穏やかな湖畔風景になっていく。
 木々や草花もたくましいもので、この水没で萎れたり枯れたりすることもなく、水位下降後はいよいよ勢い良く茂って、初夏を迎えるのである。

 山里にあっては、こんな人造湖の水位の上下にも季節の移ろいを感じさせられるものだ。
 あなたが何度か西和賀を訪れる機会があったら、その時々によって錦秋湖の水位は違っているかもしれない。山肌だけではなく、ぜひとも湖面にも目を向けていただきたいものだ。



【旅】
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Vol.28 いつまでも旅を楽しみたいから

(2012/04/01)
 東北の鉄道にとっては、悲喜こもごもの春である。
 岩手県の太平洋岸を走る第三セクターの三陸鉄道は、津波で壊滅的被害を受けて全区間で運行不能になっていたが、2路線あるうちの「北リアス線」では、少しずつ復旧工事が進み、この4月1日からも6駅間が運行可能区間に追加された。しかし一方で、「南リアス線」は未だに復旧のめどが立っていない。

 また、「龍泉洞」の観光で知られる岩手県岩泉町に向かうJR岩泉線は、一昨年に起こった土砂崩れで運休になったままだったが、復旧はさせずこのまま廃線とする方向で決まったようだ。利用者が激減していた路線だったから、巨額を投じて復旧させるまでもないという考えがあったとしても、理解できなくはない。
 今では、多くの観光客は自家用車やバスで訪れるのであろうから、鉄道が通っていないこと自体は深刻なダメージにならないかもしれないが、“この町につながっていたレールがはがされる”ということについては、地元の人にはいい知れぬ寂しさ、侘しさがあるのではないだろうか。

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[秋田内陸縦貫鉄道]

 おとなり秋田県の秋田内陸縦貫鉄道では、年間2億5千万円ほどという慢性的な赤字体質に苦しみ(沿線の過疎化が進んでいるので当然のことなのだが)、「年間赤字を2億円以内に抑えられなかった場合は存続について抜本的に見直す」という“最後通告”が、出資者である県や沿線市から申し渡された。この4月1日からが“勝負の一年”になるのである。
 一市民としては“乗って応援”することしかできないが、一年後に晴れて目標を達成しているか、大いに気をもまされる。

 西和賀町を通る鉄道はJR北上線である。
 都会並みに列車本数が多いわけではないが、夕方前に「ほっとゆだ」駅に着く列車でやってきて湯田温泉峡の宿に泊まり、翌朝同駅から列車で帰っていくという旅のプランは、比較的容易に組める。
 太平洋側の北上駅と日本海側の横手駅を結んでいるので、同じルートで帰らなくても、ぐるっと一筆書きの旅を楽しむことも出来る。

 将来的に旅をしようとしたときに交通手段の選択肢に事欠かないよう、今のうちからたまには“意識して”鉄道に乗ってみるということも、あっていのではないかと思う。



【旅】
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Vol.27 春遠からじ

(2012/03/01)
 本当に今年の冬はよく雪が降った。
 呆れるくらいの雪の降りようであった。
 もっとも、西和賀町はもともと豪雪地帯として知られており、そのために、少しくらいの大雪でも除雪の態勢が万全で、鉄道が止まるほどの大雪のときでも西和賀町町内の車の往来はほとんど支障がないことが多い。

 それにつけても雪の多さよ!…である。
 冬のあいだも多くの方々に山人に泊まっていただいたが、普段ほとんど雪の影響を受けない土地に住んでいる人であれば、西和賀の、そして山人という宿の周りの雪の多さには、むしろ感動すら覚えられたのではなかっただろうか。
 雪の季節の旅行はためらわれる向きもあるだろうが、逆に、この季節でなければ決して味わえない感動的な旅行というものもあるのだ。

 この原稿の執筆時点ではまだテレビで流れている三菱UFJニコスのCM(http://www.cr.mufg.jp/member/cm/index.htmlでも見られる)は、昨年12月の半ばころに山人でロケされた。
 ロケ当日は本降りの雪。
 通常、テレビCMの撮影に雪や雨の天気は嫌われるものだが、この場合は、しんしんと降る雪が却って東北の冬の旅のイメージを見事に演出してくれた。

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 昨年は、日本と日本人にとって大変な一年であった。
 しかも、まだまだ、すべての苦難を乗り越えたというわけではない。
 まだまだ引きずっている。
 そんな中、昨年のある時期、津波の甚大な被災地である岩手県沿岸のある街の方から山人に宿泊の予約が入り、実際に泊まっていただいた。
 被災地の方はまだまだ旅行するような気分ではないのじゃないかと思っていたのだけれども、その方からすると、震災からの立ち直りの日々で少しくたびれてしまい、ちょっと息抜きをしたくて山人に泊まりにいこうと、思いついたとのことであった。

 「ああ、そんな利用のされ方も山人にはあるのか」と、山人のスタッフは初めて気づいたのだ。

 冬の間に山人に泊まったお客には、スタッフが「この次はぜひあたたかい季節にもお出かけください」と、お礼のメールや手紙を出す。
 もしあたたかい季節にしか山人に来たことのない方であったら、次はぜひ厳寒の季節にお出かけいただきたい。
 その季節でなければ絶対味わえない旅の醍醐味が、あるのだから。

 春遠からじ…である。
 西和賀も、厳寒のピークが過ぎ、少しずつ春に向かっている気配が、肌で感じられる。
 あの震災から一年になるこの3月をまたぎ、日本と日本人が、ほんとうに爽やかな春を実感できるように、願わずにはいられない。



【旅】
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Vol.26 約束の旅

(2012/01/30)
 “あこがれの宿”…というものがある。
 最初にどこかの土地に旅行する計画があってあとから泊まる宿を決めるのではなく、本などで知ってどうしてもそこに泊まりたいと名指しされる宿である。

 たとえば夫婦で、「今度絶対あの宿に泊まろうね!」と約束し、半年も前から予約を入れておく。そしてその半年間を、浮き浮きしながら過ごすのである。
 しかし、時の流れは非情なもので、わずかその半年の間に、お連れ合いが突然亡くなってしまう。

 一緒に行こうと約束していた宿に、行けなくなってしまう。
 でも、それで終わってしまってはあまりに寂しいし、むなしい。
 お連れ合いを亡くされた喪失感が少しだけ薄れたころ、「そうだ、やはりあの宿に泊まりにいこう、約束通りこの人と」…と、遺影を前にして、想うのである。

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 本当は二名からしか泊まれない宿なのだが、宿の側も事情を汲んで、お一人で泊まっていただく。
 部屋に通されたお客は、持参した遺影を抱えて、「写真、どこに置こうかしら」などと、心なしか、嬉々としているようにも見える。一番大切な人と二人であこがれの宿にやってきたお客の高揚感そのものだ。

 お客を部屋に案内した若い男性スタッフは、
「それでは“お二人”でごゆっくりお過ごしくださいませ」
と告げて退出する。
 そんな応対の仕方は、誰に教わったわけでもないはずだが、きっと彼の目にも、あこがれの宿に“二人”でやってきたお客の姿が、ありありと映っていたのだろう。

 悲しいけど幸せな、最近の山人であった本当の一コマ。



【旅】
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Vol.25 山人の帰りに横手焼きそばを食う

(2012/01/01)
 県境を挟んで隣り合う岩手県西和賀町と秋田県横手市は、古くから人やモノの往来が活発であった。横手の人は西和賀の温泉を贔屓にし、西和賀の人は買い物といえば横手に出かけていた。
 その横手といえば、2月に開かれる「かまくら行事」とともに昨今では「横手焼きそば」がつとに有名である。山人の泊まり客でも横手焼きそばに強い関心を持たれる人が少なくないようである。B級グルメブーム恐るべしといったところだ。
 ブームが起こったあとから取り扱いを始めた飲食店もあるようだが、元々は、大阪や広島に古くからお好み焼きというやはりB級の食文化があったように、近場の客を対象にして細々と商いをしていた駄菓子屋のような店がほとんどだったのだろう。

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 それが今では、50軒近い取り扱い規模になっている。
 美味しいのであればどの店で食べてもいいのだろうが、さすがに50軒ともなると味にも微妙な違いが出てくるというものだ。食べる側の好みの問題もあるし。
 筆者が山人から強く勧められたのは、藤春食堂という焼きそば専門店だった。横手市の中心部からはややはずれ、住宅街の中にあってわかりづらいという不便さはあるが、「味は断トツだ」と太鼓判を押された。食に強いこだわりを持つ山人が勧めるのだから、間違いはないだろう。

 結論から言うと、実際に食べてみて確かに美味かったし、一度だけ食べたことのあるほかの店の焼きそばよりは、少なくとも自分の好みの味であった。
 それよりも筆者が気に入ったのは、その店のたたずまいだ。
 大きな看板も広い駐車場もなく、自宅住居の一部を改装しただけというようなごくごく簡素な店のつくり。
 ブーム到来以降は新規のお客も増えただろうし、商いを大きくするには好機だったと思うのだが、そういうことには無頓着かと感じられる姿勢はなんとも潔い。
 きっと、「せっかく有名になったのだから店を改装したら?」という人も出てくるのだろうけど、いやいや、今のままでいいのだ。今のままのほうがいいのだ。
 地元に根付いて、まるで「大人の駄菓子屋」ような小さな商いを営々と続ける…、それこそがB級グルメの真骨頂というものだろう。

 山人に泊まったお客は山人の料理も大いに楽しんだと思うが、その帰りにはぜひとも横手で横手焼きそばを食べていっていただきたい。できれば藤春食堂のような古くからの小さな店で。
 旅の思い出が2倍になること請け合いだ。



【味】
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